世界の何処かであったこと

いつも有り難うございます、水溪です。
先日、宮沢賢治著『虔十公園林』を読み返してみました。

私は、賢治の抽象的な詩は良くわかりませんし、自己犠牲的な作品も辛くて読めません。
ただ、淡々としたこの作品は不思議と何度も読んでいます。

『虔十公園林』を最初に手に取ったの小学生の頃。
大好きだった先生が学芸会の題目として選び、詩情溢れる劇として眼前に示して下さった事も影響しているのかも知れません。

大人になって改めて気づくのは、人物や景色の描写の見事さ。
物語の舞台や時代は私が今生きている現代とは違うはずなのに、あたかも現実に存在した情景のように感じられます。

子供たちの訪れない雨の降る杉林で佇む虔十の様子。
枝からしたたる水滴の美しさ。
そして、哀しみ。

本当に、世界の何処かであったことのように思います。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

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