授業力研修の振り返り

8月上旬に、2日間にわたって授業力についての研修がありました。

3週間が過ぎた今だから冷静に振り返ることが出来ますが、歯痒く、心中穏やかでは無かったです。

苦い思いも含めてきちんと向き合えるよう、感じたことを3つ記しておきます。

一つ目は、1~2年目の先生方の力量の高さに心底驚いたこと。

私の受け持ちは、地歴公民科の授業。これまで、双方向型授業の重要性は理解しつつも、教科の性質上ある程度知識伝達型の授業スタイルになることは止むを得ないという思いを持っていました。

しかし、研修で見た自分より10歳近く若い先生の授業は、豊富な発問や言葉のキャッチボールで参加者を引き込む見事なもの。

何のことはない、私の表現力の弱さや思い込みが授業の幅を狭めていた訳です。

二つ目は、研修に至るの時間の使い方と仕上げる意識について。

いい加減な気持ちで研修に臨んだつもりはありませんが、日々の業務に溺れないよう水面に顔を出しているだけで精一杯になり、準備不足が否めないまま当日を迎えてしまいました。

他方、同僚は誰一人そんな言い訳はせず、限られた時間の中で自分の授業を仕上げて成果を出しています。(自分よりずっと多くのことをしているにも関わらず!)

定められた締め切りまでに自分の表現を磨き上げ、授業時間の中で表現し尽くす。そういった種類の集中力やタイムマネジメントの力の弱さを痛感します。

また、入職時より仕事上の大失敗は減ったものの、それに安心してしていた甘えの気持ちもあるように思います。

10年選手の先輩や同僚に頼んで自分の試みを見て貰い、集団の中で磨かれる機会をもっと求めて行かなければならないと感じました。

三つ目は、自分の不器用さを再認識したこと。

私は自身の特性上、ノリや自前の引き出しで「それっぽく伝える」ということが出来ません。逆に言うと、時間を掛けて授業の目的や前提知識を深め、伝える為の構造を身体レベルまで落とし込んだ上であれば、そこから生まれた余裕で初めて気持ちを乗せることが出来ます。

つまり、処理能力上、話の構造を意識することと感情を込めることの2つを両立することは困難です。我ながら非常に難儀ですが、自分自身と他者ををごまかすことが出来ない以上、愚直にやり続けるしかないように思います。

最後に余談を。

10代の終わりに表現の世界に憧れていた頃。自分なりに努力はしましたが、結局は自分自身を前面に押し出す強さはありませんでしたし、これだけは表現しなければ生きていけないというテーマは見出せませんでした。

教員として働く今、目の前には生徒がいます。取り扱うべきテーマのもとで、授業でどのように表現するかは私次第。それこそ、学校生活の中での様々な場面も含めると、伝えられることは無限です。

人に対して伝えられる幸福と責任を噛み締めながら、もっと楽しんで取り組めるようになりたいと思います。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

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