自分の行動をコントロールする知性

「すごい!」と思わず叫んでしまった。生徒が開けたロッカーの内側に、こんな掲示物が貼ってあったからだ。許可を得て写真を撮らせて貰った。

自校では、南京錠やダイヤルロックで施錠出来るロッカーが一人一台あり、教科書や貴重品の管理に使用している。

事情を聞くと、この生徒は前者のタイプの鍵を使っていて、過去に中にキーを入れたまま施錠してしまったことがあるそうだ。そうして自ら考え出したのが、この方法。

自分の失敗や傾向をきちんと把握して、良い方向にコントロールしようという知性にとても感動した。

私自身がこうした工夫を知ったのは大学生の頃「視覚構造化」という言葉を学んでからだったし、広く実践されている場を見たのは会社員として工場や物流拠点を訪れた時だった。

何が言いたいかというと、彼は10代の頃から自分を変える為の知恵を知っていて、誰に言われるでも無くそれを実践している。

きっと将来、僕には思いもつかないような仕事や豊かな人生を実現してくれそうな気がします。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

コロナ禍で広がる教育格差への危惧

教員として言いにくいことだが、家庭の教育力は千差万別で、大きな開きが存在する。

例えば、そもそも家が安全安心な場では無かったり、日常的な衣食住のケアが不足していたりして、基本的な生活習慣も身についていない生徒がいる。

そこには、経済的理由や健康上の問題、様々な要因が横たわっている。

私立高校の現場でも、こういった事例は珍しいことでは無い。

義務教育段階にある小中学校の先生方は、更に大変な苦労をされているのだと思う。

家で入浴が出来ない児童が体を清潔に保てるよう学校で助けたり、食事を摂るための世話をしていたという話も聞く。

コロナ禍で登校や集団授業が困難になる中、オンラインでの学習や新しい学びの形が試行錯誤されるのは、基本的に望ましいことだ。

家庭の支援の下で既に基本的な学びの習慣を持っており、それらのツールを使いこなし、その上で学校外の学びの場や資源にアクセスできる生徒は良い。

しかし、前述したような環境下にある児童生徒達が、教育的、福祉的支援から更に遠ざかってしまうことを危惧する。

これまで通常業務の枠を越えて教職員が担ってきた支援的な関わりや、集団の中での学びを通して得られてきたものが、それらの生徒に届かない恐れがある。

社会政策の問題かも知れないが、我々教員が出来ることで言えば、所謂ソーシャルスキル・リビングスキルをきちんと明文化し、習慣化の為の方法を教えることが必要なのだと思う。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

4月から新しい生活を迎える卒業生へ

春からの生活に不安を感じている生徒がいれば、何かしら声を掛けたいと思っていた。

ただ、実際にはそんな機会は無かったし、杞憂だった。

そもそも、いざ生徒を前にすると「身体に気をつけて」ぐらいの言葉しか出て来ない。

行き場が無くなってしまった思いを、ここに書き留めておく。


①自分の中で経過した3年間を信じる

高校生活の中で、自分なりに成長した実感を持ってくれていれば、この上無い喜びだ。

その自信は、これからの進路で自分の足元や将来を照らす灯りになってくれる。

ただ、もしかしたら成長を感じられずに、不安に苛まれているかも知れない。

自分の眼では、自分のことはよくわからない。

それでも、絶対に成長している。

悩み苦しみながら過ごした時間であったとしても、3年間続けた自分を信じて欲しい。

②自分で選び取ったことに意味がある

希望通りの進路を得られなかったという気持ちや、ある種の劣等感を持つ生徒もいる。

でも、そんなものは長い眼で見たら、豊かな人生を生きる上で殆ど関係無いと思う。

「合格通知」「内定通知」はあくまで切符。

自分の力でそれを手にし、選び決断したことの方に意味がある。

そこから何をするかで自分の値打ちが決まるようにも思う。

新しいスタートを、心から応援したい。

③チャレンジは少しずつ

はじめの数ヶ月、場合によっては半年~1年は、新しいことの連続でとても疲れる。

無理をせず、新しい環境やリズムに体を馴染ませることを一番にして欲しい。

まずは土台作り。

受験や就職活動の中で思い描いたプランに手をつけるのは、少しずつで良いと思う。

④誰かの助けを借りる

僕自身は賢い学生では無かったし、新卒で就職してからも全然仕事が出来る人間では無かった。

自分で努力をしていることもあるが、色んな先生に教えを請うたり、学外の職業人から吸収したり、職場で助けて貰ったことが積み重なって、今の自分の力になっている。

相談することや助けて貰うことは、決して恥ずかしいことじゃない。

進学先であれ職場であれ、きちんと人に頼って欲しい。

⑤最後に

どうしても苦しいことや、素敵なことがあれば高校を訪ねて欲しい。

近況を知れるのは嬉しい。

ただ、こんな心配はきっと無用なんだと思う。

卒業おめでとう。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

いま言葉にしておきたいこと

先日、2017〜2018年度に受け持った、単位制コースの生徒達の卒業式を行いました。

新型ウィルスに伴う政府・大阪府からの要請もあり、大幅に短縮された式。

諸事情で欠席した生徒もいましたが、無事終えることが出来ました。

「前の学校で上手くいかなかったことも、苦しかったことも、全部自分だ」

強さを感じる声で、そんな思いを語った卒業生代表。

家族や友人に感謝を伝える姿も立派でした。


卒業生達を送り出すこの時期。

これまでの関わりを振り返ると、自ずから教員としての自分の姿が浮かび上がって来ます。

痛感するのは、自分はアマチュアだということ。

いくつか生徒の成長をサポート出来た手応えはあるが、その数はとても限られている。

自分の力量やキャラクターが、支援者としての幅を限定してしまっているように思う。

出来ることだけやっていては、プロフェッショナルとは言えない。何より歯がゆさを感じる。

教員になった当初は、机や椅子が並んだ教室に立つだけで嬉しかったし、生徒が持つ悩みに共感できる部分を見出せること自体に心の充実を覚えた。

バットやグローブを持って、ボールを追いかけるだけで満足している子どものようなものだ。

しかし今は、もっと違った姿勢で教育に取り組んでいきたい。

プロの教育者として、その役割が持つ重みや苦しみも引き受けて、生徒の発達と向き合う。

そんな仕事がしたいです。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

どんな風に教員としての仕事を終えたいか

異動や転退職といった、組織上の変化が近づく時期。
インターンに訪れる大学生や、ベテランの先生を見ていると、「自分はどんな形でこの職を終えるのだろうか」という問いが浮かびました。

自分にとっての理想は三つ有ります。

一つは、退職する時に同僚から、「あの人が居るだけで、職員室が風通しの良い雰囲気になった気がする」と言われて辞めたい。
自分の存在が組織の健全な機能を支えたり、学校が生徒を育む場であり続けることに繋がっているとしたら、この上無い喜びだと思います。

もう一つは、たった一人で構わないから、誰かの人生に深く関わるような働きをして仕事を終えたい。
本当に助けを求めている生徒や、これまで・これからの生き方と真摯に向き合おうとしている生徒を助けられる存在になりたい。
そうでありながら、生徒自身は自分の力で成長したという手応えがあって、教員や学校のことなんて忘れてしまうような関係が望みです。

最後は、学校教育という枠組みを越えた働きをして職を終えたい。
最近亡くなった、中村哲さんのイメージのような生き方が浮かびます。
医師として目の前の人の生に向き合う中で、本質を掘り下げ、医業の枠を越えて川を作ってしまうような生き方に惹かれます。

小さな自分も嫌いでは無いですが、もしかしたら結構欲張りなのかも知れません。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)