生徒に対する活動量を視覚化する

夏休みが明けて4日間が経ちました。

ここ数日、生徒に対する「声掛け表」という記録を残しています。

このツールは過去に職場の大先輩から教わったもの。生徒の氏名を一覧にした表を作り、一定期間のうちに教員から声掛けが出来たかを記録し、自身のコミュニケーションの状況を把握する為のものです。

厳密なルールはありませんが、私は

  • 挨拶や注意を除く教員からの声掛けであること。
  • 一対一のコミュニケーションの形を取っているもの。
  • 生徒からの声掛けや質問に対する返答の形を取る会話は除く。

というルールで記録をしてみました。以下の表のようなイメージです。

No.氏名内容
1○○ ○○
2○○ ○○試験教室での雑談
3○○ ○○英検についての話
4○○ ○○
5○○ ○○夏休み明けの髪型について
6○○ ○○電話での連絡・登校時のねぎらい
7○○ ○○
8○○ ○○
9○○ ○○教室移動時の雑談
10○○ ○○
30○○ ○○
声掛け表の例(単に声を掛けたら丸をつけるだけでも良い)

集約すると、次のような結果になりました。

分類人数クラスに占める割合
①教員からの声掛け13人43.3%
②生徒からの声掛けが起点9人30.0%
③不足8人26.7%

あえて意味づけを行うと、

①差し当たって教員からのコミュニケーションが取れている。

②生徒から相談することは出来るが、教員からの働き掛けは不足していると感じてる可能性有り。

③一対一のコミュニケーションの総量自体が不足。困りを感じていても相談出来ないか、関係性が指示・連絡・注意に寄っている可能性有り。

と言ったところでしょうか。

残念ながら、30人の生徒のうち声掛けが出来ているのは半数以下でした。

組織として「生徒へのサポート」を看板に掲げていますが、クラスの全員と関係を築くことの難しさを改めて感じます。

ベテランの教員であれば意識せずとも良好な関係を築いているのかも知れませんが、これが今の私の結果です。

この仕事をしていると、生徒をなかなか登校・学習に導けなかったり、長期欠席や予期せぬトラブルに悩むことが沢山あります。

しかし、その背景には生徒-教員間の関係性と言う要素が一因として存在しますし、それを形作るコミュニケーションの質と量はある程度コントロール可能な筈です。

自分自身で意識して振り返ったり記録しないと分からないことですが、この表であれば、一日の終わりに短時間で出来ます。

1年の終わりに後悔する事が無いよう、定期的にチェックを継続したいと思います。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

夏休み明け登校日前の電話

長期休暇明けの登校を来週に控えた金曜日。

様々な準備の合間に、クラスの生徒に電話を掛けていました。

登校日初日の諸連絡については、生徒所有のiPadやスマホ等で閲覧可能な共有用のアプリで伝えられるので、一件にかける時間はごくごく短いものです。

主なねらいは、生徒の状況確認と、一つでも週明けからの不安解消を行うこと。

実際に昼過ぎに電話を掛けてみると、気だるく眠そうな声に出会うことや、元気な声にこちらが励まされる場面もあります。

中には、気恥ずかしそうに最近の生活リズムや、困っていることについて語ってくれる生徒もいます。

勿論、繋がらないこともあります。

電話をしていて感じるのは、電話越しとは言え、一対一の関係から伝わってくる情報の多さです。

慌しく始まる登校日初日。残念ながら、1人対30人の教室ではキャッチしきれないことも多くあります。

自分自身が、生徒に向けて少しずつチューニングされていくようにも感じます。

政府がまとめた2015年の自殺対策白書によると、過去約40年間にわたって集計した18歳以下の日別の自殺者は9月1日が最多であり、長期休暇明けの児童生徒の心理的負担の大きさが伺えます。

教員の働き方の問題が議論される今日ですが、削減・効率化出来ることはとことんしながら、命に関わるかも知れないこうしたケアには変わらず時間を掛けていきたいです。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

6月からの登校が不安な高校生へ

新型コロナの影響も終息に向かい、多くの学校で登校再開の動きが見られるようになりました。

この2か月間、勤務校でもオンライン授業を主体にしながら、限定的な形での登校機会が設定されて来ました。

しかし、全国にはこうした機会さえ無かったり、登校日に欠席が続いてしまい、これから学校に通えるか不安に苛まれている高校生もいると思います。

実際、過去の長期欠席経験が背景にあり、中々リズムが作れない生徒も見られます。

広義の支援者として10代の高校生と話が出来るとしたら、少なくとも次の3つを伝えたいです。

(ここでは新型コロナウィルスに伴う問題はひとまず脇に置き、一般的な登校不安について書いています。)

①何よりもまず心身の健康が最優先

中学時代に不登校を経験し、今なお登校出来ない生徒の中には、自分の力だけでは解決が困難な病気や障害が生きづらさの一因になっているケースがあります。

適切な医療機関に繋がり、様々な努力を重ねる中で状態が改善し、無事高校を卒業していく生徒に出会って来ました。

その入り口は、身近な内科かも知れませんし、場合によっては思春期外来や睡眠外来、メンタルクリニック等かもしれません。

余りにも登校への負担が大きい場合は、どうにもならない苦しみが大きくなる前に、外部の支援機関に繋がってみることを心に留めておいて下さい。

②環境調整の為に出来ることから取り組む

何らかの「動きづらさ」「学ぶ上での困難」があったとしても、出来ることからストレスを減らしたり、良い習慣作りや環境調整を進めている生徒が居ます。

それは、家庭内で出来る食事や睡眠・運動・余暇に関する工夫や、生徒-保護者間のコミュニケーションの取り方かも知れませんし、学校や教員が出来る些細な声掛け、配慮かもしれません。

少しでも動きやすく(過ごしやすく)なる為に、まずはどんな方策から取り組めそうか生徒に投げ掛けてみたいですし、教員として出来ることがあれば是非教えて欲しいです。

③高校は学びの場の一つに過ぎない

自校の生徒には、日常的に「(学校で)待ってるよ」「また明日」という言葉掛けをしています。

良くも悪くも、教員として“学校はくるべきもの”という前提で関わってしまっている自分が居ます。

ただ、今属している学校や学び方が唯一の方法では無いということは伝えておきたいです。

例えば、自分の将来の生き方や設計図が既に出来上がっていて、その為の力や資源を持っている、若しくは必要な資源にアクセスする術を知っている人は、無理して高校に通う必要は有りません。

苦痛しか無い高校生活や、3年間で何の成長も見出せない場合も止めておいた方が良いかも知れません。

学校以外にも一人前の大人になる道筋は無数に有ります。

とは言え、高校教諭をしている以上、同年代と一緒に先人が築いた知に触れながら成長する場として、学校はそれ程捨てたものでは無いとも思っています。

心の底に少しでも登校してみようかなという思いを持っているのであれば、全国の教員を代表して「待ってるよ」と伝えたいです。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

緊急事態宣言下の高校で変わったこと・変わらないこと

4月7日に緊急事態宣言が発令されて以来、勤務する高校でも休校が余儀なくされ、生徒は依然一日も登校出来ていない状況が続いている。

この2週間は、教員も交互に在宅勤務を交えながら、朝9:00に始まるオンラインのショートホームルームや、主に午前中3時間の枠に組まれたZoomでの授業の対応に追われていた。

3月の末には、教員にとってのルーティンの意味についての記事を書いたばかりだったが、あっという間に仕事の形が変わってしまったように思う。

今年は1年生のクラスを受け持たせて頂いたこともあり、毎朝PCの画面を通じて30人の生徒に声を掛け、様々な不備に対する問い合わせに応え、合間にはオンライン上で保護者を交えた三者面談を行った。

初めてのことばかりだが、面談で生徒や保護者の方に伝えることは余り変わらない。

まずは、この2週間きちんと朝起きて、SHRの為にネットにアクセスし、生徒自身が良い習慣の土台作りを続けていることを褒めている。その上で、今感じている不安を解消する為のコミュニケーションを重ねる。場合によっては、直近の小さな目標を一緒に立てる。

まずは生徒に聞き、その上で保護者の方に質問する。専門の心理職・福祉職の人には及ばないが、保護者が話している時の子どもの表情や仕草から、画面越しとはいえ様々な情報を受け取ることが出来る。

幸い、多くの方から、

「入学前は、なかなか朝起きられないことが続いていたが、オンライン上で朝のSHRや授業があることで、本人も頑張って起きられている」

「まだ実際に登校できないことには残念な気持ちもあるが、(少ない負荷の中から取り組むことが出来て)結果的に良かったと思う」

と言うようなお声を頂いた。

勿論、中にはネット環境が未整備で電話でのフォローが欠かせないご家庭もあれば、中々思うように動き始めることが出来ない生徒も居る。授業全体の数や、自分の受け持つオンライン授業の質にもまだまだ改善の余地は多い。

しかし、不登校経験や様々な悩みを持つ生徒が居る私達の高校において、不完全とは言え家庭にリーチし、学習を支援する取り組みがスタート出来たことは本当に良かったと思う。

全員には充分届いていない苦しさと、形は変われど30人の生徒に関与出来る喜びを噛み締めている。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

教員は、出勤日を分け各フロアに分散して仕事をしています。Zoomを使用する際は一人で教室へ。

秘めた能力の束と決断

教員として生徒と関わっていると、私などでは到底及びもしないような才能にしばしば出会います。

知的能力のこともあれば、身体能力、対人能力、ある分野への情熱など、状況は様々です。

何かしら優れた資質を持っていることは素直に誇って良いことだと思いますし、そのままどんどん進んでいって欲しい。

しかし、際立った能力の芽を持ちながらも、体調やメンタル面の要因から力を上手く発揮出来ず、高校生活での夢・目標との間で悶え苦しむ場面を目にすることが有ります。

15年前後の限られた人生の中で、それ程までに真剣に悩み抜く生徒に掛けられる言葉は僅かです。

勿論、一支援者としては、必要以上の失敗体験をさせたくないという思いは持っています。

それでも、例えば二者択一の中から両方を選び取る生徒が居たら、自分は止めることは出来ません。

先日した面談をしたある生徒は、元々持っていた入学時の希望には区切りをつけ、一つの選択をすることになりました。

どうやら、表現の世界では無く、教育やメンタルヘルスの分野を目指すようです。

今はまだ、劣等感のようなものに苛まれているかも知れません。

しかし、自分にとってより大切なテーマに気づいたり、自分の状況を理解しながら取捨選択をしていくことは、何ら恥じることでは無いと思います。

教員が出来る唯一のことは、生徒自身が悩み抜いて出した決断を尊重し、受け止めることです。

勇気を持ってした決断を、心から讃えたいと思います。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)