「当たり前」を続けることの力

先日、仕事の合間の雑談で、この1年間の各クラスの清掃状況や指導の徹底についての話題が挙がった。

とても悩ましい問題だ。

話の帰結は忘れてしまったが、私より幾つか年長で、15年近いキャリアを持つ先生が次のように言っていた。

「自分は、大学を卒業して教員になった1年目の頃から、朝生徒が登校する前に教室を見回ることを教わった。朝、机を整えてから生徒を迎えるし、乱れた状態では生徒を迎えない。」

こんな意味の言葉だったと思う。

当然と言うべきか、生徒が一番掃除の習慣を身に着けているのはこの先生のクラスであり、教室も常に整っている。

あらゆる仕事、言動、立ち居振る舞いの一つ一つに練度を感じる先輩だが、こうした「当たり前」を着実に身につけ、その量を増やしてきたことが今の実力を形作っているのだと思う。

つまるところ、生活指導のあらゆる場面で、口で言うこと以上に教員自身が問われているようだ。

勿論、私自身にも意識して実行している「当たり前」はいくつかある。

ただ、もっともっと見て学んで、他者の良い行動も自分のものにしていきたいと思います。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

体罰についての基本的な考え方

もうすぐ、勤務する高校でも新任の先生を迎える。

この機に生徒の安全に関わることを言語化し、仲間と共有したい。

自分自身の頭の整理の為に、まずは体罰について書き記しておく。


①体罰は過去の問題では無い

体罰の正確な定義は難しいが、一般に、身体に対する侵害や肉体的苦痛を与える懲戒などを指す。

体罰と聞くと、校内暴力や荒れが目立った時代をイメージするかも知れない。

しかし、文部科学省による平成29年度における調査の結果を見ても、依然全国の小中高で773件の体罰が発生している。

関西で生活する者としては、2012年に大阪の市立高校で起こった男子生徒の自死事件も記憶に新しい。

このような事件や学校事故は、残念ながら後を絶たない。

学校という枠にとどまらず、この10年程の間に報じられた家庭内暴力や介護施設での虐待事件にも思いを馳せると、対岸で起こった行き過ぎた指導・異常な行動として捉えるのでは無く、閉鎖的な環境の中では誰でも加害者になり得るし、組織として意識的な予防行為が不可欠と考えるべきである。

②教員は基本的に身体接触はしない

校種や担当教科・生徒のニーズによって差異はあるかも知れないが、こと高校教諭として仕事をする上で、基本的に身体接触はしないというスタンスが望ましい。

文部科学省HPでも「懲戒・体罰等に関する参考事例」を載せているが、例外は生徒や自己を緊急的な危険から守る時である。

それ以外の場面では、接触は不要と言って良い。

ただ、自分も生徒を励ましたり、寝ている生徒を起こす時に肩をポンポンと叩くことはある。

これらの軽い接触も、ある種の過敏さを持っている生徒には「暴力」となり得るし、冗談めかして行った行為が周囲の生徒を傷つけ、強く不安にさせることもあり得る。

そう考えると、体罰を防ぎ生徒が安心して学べる環境を作る為には、言葉で伝える力を信じ、「身体接触はしない」という原則を守ることが最善だと思う。

③自己の判断のみで懲戒を行わない

文部科学省HPには、学校教育法施行規則に定める退学・停学・訓告以外で認められると考えられるものの例として、以下のようなものを挙げている。

放課後等に教室に残留させる。

授業中、教室内に起立させる。

学習課題や清掃活動を課す。

学校当番を多く割り当てる。

立ち歩きの多い児童生徒を叱って席につかせる。

練習に遅刻した生徒を試合に出さずに見学させる。

体罰の禁止及び児童生徒理解に基づく指導の徹底について(通知)文部科学省

個人的には、いずれも緊急性の高いものでは無いし、指導という名の下で慌てて力を振りかざす必要は無いと感じる。

教員自身も落ち着いている状態で、上長や同僚にきちんと相談をして意思決定をすれば良い。

その方が生徒にとっても良いし、自分自身と学校をリスクから守ることに繋がる。


最後に、新しく教育の世界で働く仲間に伝えたいこと。

一つ目は、他の業界に学ぶこと。

小学校や支援学校といった他の校種、介護や福祉の世界、秩序や規範・迅速な行動が求められる他の組織では、どのように人を動かしているかに興味を持って見ると、ヒントになることが沢山ある。

自分達が普段属している世界の“当たり前”で判断するのでは無く、世の中の常識的な感覚や視点から自分を見る努力が必要だと思う。(なかなか難しいけど…。)

二つ目は、生徒を良く見ること。

職場の先輩に教わったことだが、学校に届くクレームの多くは、先生が冷たいと言う不満や、生徒の悩みや問題に対する初動に起因するものだそうだ。

自分も、生徒や保護者の期待に応えられているかというと非常に心許無いが、目配りや声掛けは意識的にしなければならない。

三つ目は、抱え込まないこと。

一生懸命学び実践した上で、自分の思惑通りに動かない生徒居たとしても恥ずかしいことでは無いと思う。

思い通り動かすことに必要以上に捉われたり、上手くいかないことを他の教員が非難しかしないような組織であれば、実はそのことの方がずっと危険な状態といえる。

きちんと頼れる人を見つけて、助けて貰った方が良い。

新年度のスタート。一緒に頑張りましょう。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

生徒指導担当としての役割

昨日までの3日間、独立行政法人教職員支援機構が主催する「いじめの問題に関する指導者養成研修」に出席させて頂きました。

研修期間を通じて、生徒指導・生活指導を担う自分の役割が見えてきました。

シンプルに考えると、次の3つに集約されると思います。

  1. 生徒を守ること
  2. 教職員を守ること
  3. 学校を守ること

生徒を守り育むことに直結しない指導は、何の意味も有りません。

自分のすべきことでは無いと思います。

取り返しのつかない事態を未然に防ぎ、教員や組織を守ることも必要です。

一教員として、一つ一つ出来ることをやっていきたいと思います。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

教員としての5年目を迎えるにあたって

先週、入学時に1年間だけ担任をさせて貰った生徒達の卒業式が有りました。

過去の記録を繰ってみると、2016年の4月にこんなことを書いていました。

この春から、1年生の担任をさせて頂くことになりました。
明日は始業式。
いよいよ、正式に新入生達が登校してきます。
何やら、宝物を預かるような気持ち。
現実には、教員をやっていると大変な事も有りますし、帰り道で自分の授業を思い返しながら「くそっ!」と呟いている日が大半です。
それでも楽しみなのは、やはりこの仕事が好きだからなのだと思います。
今の気持ちを忘れずに居たいです。

明日

教員として生まれて初めて受け持った1年生に対し、新鮮な気持ちで向き合っていたことを思い出します。

直接関わった時間は僅かでしたが、晴れやかな表情の卒業生達を送り出すことが出来て、本当に良かったです。

一息ついて、直ぐに新年度です。

新しい組織や役割について分からないことも多いですが、この数日間、どんな姿勢で5年目を過ごすかを考えていました。

頭に浮かんだ柱は3つ有ります。

1つ目は、生徒の成長や日々の悩みに、自分が一番泥臭く関わること。

高校生の倍ほどの年齢になり、職場にも慣れてきた今、20代の先生と比べると生徒と少し距離が出来てきました。

勿論、持ち味や距離感は人それぞれ違いますし、関わり方の質が変化するのは当然だと思います。

それでも、生徒のことを一番良く見ていて、小さなことにも率先して動ける教員で有りたい。

学級運営や授業、生徒対応でも、もっともっと色んなことを試していきたいです。

2つ目は、各クラスの課題を、組織で支える風土を作ること。

比較的若い組織である自キャンパスでは、若手の先生も全員が担任を持っています。

その熱心さ、技量の高さには驚くばかりですが、生徒の課題をチームで支えるという動きは、まだまだ不足しているように感じます。

クラスや学年、コースを越えて、少しでもキャンパス全体で個々の生徒と関わっていく空気を作っていきたいです。

3つ目は、生活指導・生徒指導課の一員として、生徒に力をつけさせる為のアプローチを年単位で行うこと。

この1年間、生徒指導上で苦しい思いをした出来事が複数有りました。

個々のことは語れませんが、少しでも問題行動を未然に防げるよう、日々社会のルールをきちんと教えなければならないと思います。

当然、それだけでは足りません。

何故そのようなルールがあるかを考える時間や、社会性と情動の学習の機会をしっかり保障していきたい。

学校だけではコントロールし切れないことは多いですが、生徒が誰かを傷つけてしまったり、傷つけられずに済むよう、後悔の無い指導を行いたいと思います。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

性教育についての覚え書

2月の始め頃に、リヒテルズ直子さんによる「オランダに学ぶこれからの日本の性教育」という講演を聴講して来ました。

性教育と言うテーマに関心を持った私自身の動機としては、

  • 小中学校段階で誤学習を積み重ねてきた生徒や、他者の感情理解に課題を持っている生徒の恋愛や性の悩みに上手く関われていないこと。
  • 自校の性教育が「寝た子を起こすな」式の消極的な取り組みに止まっていること。
  • 様々なトラブルが起こる中、事後的な対応では無く、日常的にもっとすべきことがあるのでは無いかと感じていること。

が挙げられます。

講演の要約とは異なるかも知れませんが、自分なりに受け止めたポイントを書いておきます。

  1. オランダにおける充実した性教育の根本には、「人権意識」や「自立した市民の育成」という理念がある。
  2. 移民・難民の流入によって様々な宗教的背景を持つ人々が増加する中、性意識についても多様性を尊重する姿勢がより一層求められている。性意識が一人ひとり異なることを認め、性的マイノリティの人権を尊重することも指針として定められている。
  3. 社会における性的なタブーの存在は、封建社会の支配体制と密接な繋がりを持っている。性の問題は、民主化や個人としての独立にも通じるテーマである。
  4. 人を好きになり性的な関係を築くことも、本来は人として「祝福すべきこと」である。そういった、性・生に対する肯定的な面をきちんと教えている。単に「してはいけないこと」「タブー」としては、性や人を好きになることが忌むべきことになってしまう。
  5. 幼い時期から、「自分が望まないことにノーと言うこと」を教えている。性被害から身を守る意味も有るが、自他の尊重や、自立して行動出来ることに重きを置いている。
  6. 思春期以前や小学生段階から具体的な避妊方法について教えることに目が行きがちだが、他国と比べて子どもたちが性交渉に至る年齢は早くは無い。
  7. 性教育をすすめる中では、ピアグループや、電話・チャットによる相談室、動画や絵本・ゲームを活用したゲーム教材を活用している。
  8. LGBTの子どもの約5分の1が自分の性的傾向を受け入れられない。自殺企図や自殺未遂も高い現実がある。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)