進学校へのコンプレックス

通信制高校で仕事をしていると、所謂全日制普通科の進学校と自校を比べて、ある種の劣等感を感じている生徒に出会うことがある。

生徒自身の思いなのか、保護者の価値観か、社会のレッテルによるものかは分からない。おそらくその全てが影響しているのだろう。

教員としては悲しい限りだし、少しでも自校の価値や魅力を高めたいとは思うが、今日はそれについては書かない。

伝えたいのは、その両者の違いについて。

私は高校生の頃、地元の中くらいの公立進学校に通っていた。確か、良く出来る子は地方の国公立大学や難関私大を目指し、それ以外の生徒は中堅の私大に進んだように思う。

(言う必要な無いと思いますが、その中でも私は良く出来ない部類だった。)

もっと凄い進学校のことは分からないが、自分の母校を考えてみると、勤務校である通信制高校と比べて授業が2倍も3倍も凄いということは無かったように感じる。

一つ違うことを挙げるとすると、「努力して勉強をするのは当たり前」という空気があったことだろうか。

その中で、「当たり前」に勉強をし続けた賢い同級生は、私では到底受からないような大学や職業に進んでいった。

教員としての責任を放棄する訳では無いが、「通信制高校だから」と言うことを進路実現が出来ない理由にしているのであれば、一日でも早く思考を切り替えた方が良いと思う。

教育用のアプリや様々なサービスが充実している昨今、時間の自由度が高い学校に属してるあなたに、環境的に後れをとっていることは殆ど無いはずだ。

適切な習慣さえつけられれば、学校の内外で学び、どんどん成長出来る。

どう思うかは、あなた次第。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

異動の前後に考えたこと

この春から、教員生活も7年目。

実は、勤務する通信制高校内で異動となり、新たに兵庫県内で働いている。

3月上旬に異動の話を聞いた際は正直驚いた。

受け持っていた1年生を続けて見れないことは寂しく思ったし、通勤時間が長くなることも残念だった。

ただ、それ以外の全てについては、自分にとってチャンスになるだろうと感じた。

勿論、具体的な懸念事項もあった。

一つ目は、周囲のサポートについて。6年間勤務した大阪梅田では、旧知の同僚からあらゆる面で助けて貰っていた。(つまりは、沢山甘えていた訳だ。)そうした人的な資源から切り離されて、一人前の仕事が出来るだろうかという不安があった。

二つ目は、新たな役割について。平教員とはいえ、教科教育や校務分掌上で求められる役割が複数ある。その中には、生徒指導に関するものや、今まで教えたことがない科目もあり、果たして期待に応えられるだろうかという思いがあった。

しかし、そんな心細さも一週間ほどで殆ど吹き飛んだ。

これまでより複数業務を処理しなければならなくなったのは事実だが、電話一本・Slackのダイレクトメッセージ一本で、勤務地を越えて多くの先生が適切なアドバイスをくれる。本当に心強く思う。

果たすべき役割については、一つ一つ考え、準備し、取り組んでいる最中だ。この数日で悟ったことだが、自分は組織の中で「歩」に過ぎない。力を高めたい、出来ることを増やしたいという思いもあるが、自分がとるべきアクションは泥臭く前に進むだけだ。難しいことが求められている訳ではない。そう再認識したことで、大分肩の力を抜くことが出来た。

前の拠点にも新しいキャンパスにも、頼れる腕利きの職員が沢山いる。

それが何よりも自分の励みになっています。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

夏休み明け登校日前の電話

長期休暇明けの登校を来週に控えた金曜日。

様々な準備の合間に、クラスの生徒に電話を掛けていました。

登校日初日の諸連絡については、生徒所有のiPadやスマホ等で閲覧可能な共有用のアプリで伝えられるので、一件にかける時間はごくごく短いものです。

主なねらいは、生徒の状況確認と、一つでも週明けからの不安解消を行うこと。

実際に昼過ぎに電話を掛けてみると、気だるく眠そうな声に出会うことや、元気な声にこちらが励まされる場面もあります。

中には、気恥ずかしそうに最近の生活リズムや、困っていることについて語ってくれる生徒もいます。

勿論、繋がらないこともあります。

電話をしていて感じるのは、電話越しとは言え、一対一の関係から伝わってくる情報の多さです。

慌しく始まる登校日初日。残念ながら、1人対30人の教室ではキャッチしきれないことも多くあります。

自分自身が、生徒に向けて少しずつチューニングされていくようにも感じます。

政府がまとめた2015年の自殺対策白書によると、過去約40年間にわたって集計した18歳以下の日別の自殺者は9月1日が最多であり、長期休暇明けの児童生徒の心理的負担の大きさが伺えます。

教員の働き方の問題が議論される今日ですが、削減・効率化出来ることはとことんしながら、命に関わるかも知れないこうしたケアには変わらず時間を掛けていきたいです。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

小さなミッション

間もなく平成30年度がスタートします。

通信制高校に転職し、フルタイムの教員になって4年目に入ります。

多少進歩したことも有りますが、当初思っていたよりゆっくりしか成長していないようです。

この1年間を密度の濃いものにする為に、今年度注力したい自分の使命をここに記します。

  1. 教育者・支援者としてピカイチの人材になる
  2. 単位制キャンパスの教育力向上とキャンパス全体のサポート体制の強化
  3. ミドルリーダーとして後輩のモデルとなる

短く書くと、こうなります。

少しずつ、続きを書いていきたいと思います。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

苦手だから出来ないこと→苦手だけど出来ること

通信制高校で仕事をしていると、生徒から対人的な悩みを聞くことがしばしば有ります。

一例を挙げると、不登校を経験をして来た生徒にとって、ペアワークやグループワークが有る授業、すなわち複数の生徒とのコミュニケーションが発生し得る場は不安の種のようです。

ここから、具体的な解決策・代替案を提示していくのが教員の役割。

ただ、こういった訴えを聞いた時、まずははごくあっさりと

「そうなんや。」

と返答するようにしています。

最初は、否定も肯定もしません。

勿論、これだけでは折角の成長の機会を逸してしまいます。

相手との関係性やタイミングにもよりますが、少しずつ

「(他の人と接するのが)好きじゃなくても、まあまあ出来るようになるかも知れないで。」

「今は出来なくても、少しずつやればハタチぐらいには出来てるかも知れないよ。」

「一人が好きなのは全然良いけど、大勢とも居られる方が生き易いよ。」

というメッセージを伝えていきます。

損得が響く生徒であれば、

「コミュニケーション力を今のうちにつけておいた方が、大人になてからおトクやで。」

「単に知識が有るだけより、色んな人と関わる力があった方がお金になるよ。」

という話をします。

直ぐには変化に繋がらなくても、そうした積み重ねが半年後・一年後の成長に響いて来るのだと思います。

余談ですが、私自身中高生の頃は人と関ることに苦手意識しか無かったですが、10代の終わりに偶々教育の世界に惹きつけられ、訓練の結果多少変わりました。

得意かと聞かれたら分かりませんが、必要な話は出来るし、そういった力を寄せ集めて生徒と関わっています。

人間には向き不向きも有りますし、苦手なものを好きになる必要は有りません。

でも、自分は苦手だと思っていることでも、まあまあ出来るようになるかも知れない。

やってみることで、自分や他者に対して新しい発見が有るかも知れませんよ。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)