叱ること

教員として、生徒を叱ることが下手な方だと思う。

自分が受け持っているクラスはとても朗らかなので、今のところ、大声で怒鳴る必要は余り無い。

「いけないことはいけない。」と言うことは、案外言っている。

ただ、必要に応じてピリッとした空気を作る事が、まだまだ苦手だ。

生徒のサポートはある程度は出来ても、強く引っ張り上げる力が乏しい。

自分の気質的な理由もある。

しかし本質は、僕自身が自分を厳しく律する姿勢に欠けている所にあるように思う。

叱ることを一つの表現と捉えるならば、自分が今まで出会った中でモデルにしたいと思ったリーダーは、次の点を満たしていた。

  1. まずは、リーダー自身がとことん自分自身に厳しい。
  2. どんな人に対しても優しい、親切。相手と同じ目線で話せる。
  3. ルールや約束に対しては、とても厳しい。無茶苦茶厳しい!
  4. 叱った後は、一切グチグチ言わない。
  5. それでいて、相手の美点や長所はきちんと認めてくれる。

自分の場合、土台となる1のグラつきが、指導の弱さを生んでいるように思う。

担任をしていると、しっかりリードする役割や、相手を引き上げる力、良い緊張感を作る事も必要となる。

クラスの生徒に素敵な2年生になって貰えるよう、自分と周りの空気をちょっとずつ変えて行きたいと思います。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

心の鍵~金馬宗昭先生を偲ぶ~

学生の頃。

通信制高校における支援について身をもって教えて下さったのは、当時ECC学園高等学校に勤めておられた金馬宗昭先生だった。

金馬先生とは、2005年に門を叩いたNPO法人ノンラベルで知り合い、後に非常勤講師として高校に通わせて頂いた。

 

暖かくて、まるで金馬先生のお人柄が形になったような学校だと思った。

金馬先生が生徒と雑談する表情には、いつも相手への関心と愛情が溢れていた。

毎朝早くに出勤され、前日に生徒が学んだ机を雑巾で拭いておられた事をよく覚えている。

静かな朝の教室に漂う空気から、何事かを感じ取っているようでもあった。

 

先生がECCで働くまでの経緯は、後に出版された著書を読むまで知らなかった。

  • 金馬宗昭『不登校、ひきこもり-こころの解説書―僕がひきこもりだったときに言えなかったこと』(学びリンク)

この本の中に、「学ぶこと、そして心の扉の鍵を持つこと」という一節が有る。

確か、次のような内容だったと思う。

学校で生徒の悩みや苦しみと向き合う中で、誰かがその心の扉を開けなければならない場面がやってくる。

その時、教員がその子に合った心の鍵を持っていなければならない。

 

僕自身は、新卒で教員になる道を選ばず、会社勤めをしている時にこの本と出会った。

自分なりの目標や、まずは自分自身を鍛えたいという決断があってその進路を選んだつもりだ。

ただ、根底には

「自分は、そんな心の扉の鍵なんか持って居ないんじゃないか。」

という不安があった。

自分にその資格が有るのか怖かったのだと思う。

 

心から求める事と改めて向き合った結果、少し遠回りして教員になった。

生徒を理解することは、なかなか難しい。

でも、上着やズボンのポケットを探して見れば、僕も2~3本ぐらいだったら鍵を持っているんじゃないかな、という気が最近はしている。

今の僕が多少なりとも教員らしい事が出来ているとしたら、それは金馬先生のお陰だと思う。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)