最近感じていること

教員を生業にして4年目に入った。

ある種の悩みや課題を持った生徒との関りも方も、割りと熟れてきた。

今まで教わったことを元に、身をもって実践した成果だと思う。

10代後半の頃に触れたかった仕事が出来ているのは、素直に喜んで良い筈だ。

ただ、このところ息苦しさやしんどさを感じることが増えてきた。

登校頻度が少ないコースの生徒と関わる中で、明確な手が打てないまま長期欠席が続き、留年、時には退学に至ってしまうケースと直面している。

リスタート出来る環境である筈が、更なる失敗体験を作り出してしまっていることに、大きな矛盾を感じる。

支援者として僅かばかりの心得はあるつもりでいたが、「難しいな」と自分自身を納得させるくせがついてしまった。

今まで学校が作り上げてきたものを否定する訳では無いが、より大きな課題を持った生徒に対して、同じ方法論だけを繰り返していても上手くいかないことは明らかだ。

提供するサービスや教育上のプログラム、支援体制自体を見直さなければならない。

ここまで書いて気づいたこと。

つまるところ、僕自身、自分でも気づかないうちにいじけ、怠けていたのだと思う。

素人仕事でも構わない。

頭に鉢巻を巻いて、鉛筆で線を引っ張り、金槌やのこぎりを引っ張り出して、足りないものをどんどん作る。

それが出来ないなら、さっさと退場するか、看板を下ろさなきゃならない。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

起こったことへの対応

5月に地震、6月には大雨が降り、落ち着かない日々が続いている。

大阪府北部地震の日は、通勤中の電車が急停車し、緊急速報が鳴り響いた。

結局は、2時間半ほど車内で待った後、駅から離れた線路上で下車することになった。

JRの職員さんが地上へ渡した梯子を支える中、乗客の多くは無言で降りていたように思う。

砂利道を歩き、謝罪や注意喚起の声が響く中、線路脇の歩道に辿り着いた時は心からほっとした。

人命に関わる二次的なトラブルは絶対に許されず、可能な限り迅速に乗客を誘導する為に、どのような指揮系統と行動が求められるのか、自分には想像がつかない。

非日常の中で起こってしまったことに対応する姿に、職業人としての意識の有り様を目の当たりにして、あれこれと考えざるを得なかった。

学校教育の世界でも「危機管理」という言葉がある。

理屈を言えば、取り返しのつかないことが起こらないよう、日々目配り・気配りをし、策を講じることが肝要だ。

しかし、実際には「起こってしまったことへの対応」に多くの時間を費やしてる。

綺麗な答えが無い中、相手の納得と理解、次に繋がる道筋を見出さなければならない。

問題の大小は関係無い。

まだ上手くやる力は無いですが、サポーターとしての真価が問われる仕事。

腹を据えて取り組みたいと思います。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

鈍磨

職場の高校に、教員になって1・2年目の先生がやって来ました。

私にとっては後輩の仲間です。

生徒との時間に一喜一憂し、学校での様子を電話で保護者の方に伝えている姿を見ていると、色々と思うことが有ります。

新卒採用というのは、既に働いている人が自分の仕事を見つめ直す機会なのかも知れません。

嫉妬ではなく、時々眩しく感じます。

勿論、教員として数年仕事をした分は、自分の方がイレギュラーな出来事にも対応出来ますし、判断の精度も少しは高くなっているはずです。

生徒の困りに対する提案のカードも、数枚ですが多く持っていると思います。

でも、それだけのことです。

1年目の先生が真っ直ぐに生徒と関っている様子を目にすると、そしてそれに応える生徒の表情を見ていると、知識の有無なんて、あくまで副次的なものに過ぎないのだと感じます。

どうやら、自分でも知らない間に色んな部分の感度が鈍っていたようです。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

リスタート出来る場所

先日、職場の高校で入学式が有りました。

新入生の表情も、それを迎える2・3年生の雰囲気もとても素敵なものでした。

暫く事務仕事が続いていたので、これだけ大勢の生徒と向き合うのは久しぶりのこと。

1年生の頃に担任をしていた生徒達が沢山声を掛けてくれたのには照れましたが、元気な声を聞けて嬉しかったです。

キャンパス長による式辞の中で、「リスタート」と言う言葉が有りました。

式の最中、そして数日経った今でもぼんやり考えているのですが、自分にとって思いの外大事なキーワードで有るようです。

本来の意味は、中学校時代にしんどい思いをした子も、高校三年間で大きく変われる、成長出来ると言うメッセージ。

でも、それだけじゃ無い。

恐らく、自分自身がリスタートして教員になった一人だからこそ、余計に共鳴する部分が有るのだろうと思います。

自分がそう言った空気を纏わなくなった時、すなわち単なる「選別」に寄った教育に傾いた時が、この仕事から退場する時なのだろうと思います。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

『ブンナよ、木からおりてこい』

先週末、職場の声優・パフォーマンスコース1期生による、『ブンナよ、木からおりてこい』の公演を見に行って来た。

本当に良い舞台だった。

実際に見て、特に心が動いた事が3つ有る。

一つ目は、一人ひとりが自分の役柄をしっかりと演じ切っていたこと。

キャンパス内のオーディションで配役を決めている以上、思い通りの役を射止めた生徒がいる一方、希望の役につけなかった生徒も居た。

悔しさや、葛藤を抱えていた生徒がいることも知っている。

初めは、どうしても納得出来ない気持ちもあったと思う。

でも、舞台で演じる姿はとても輝いていた。

例え出演する時間は短くても、ハッと息を呑む場面や、思わず引き込まれる情景が沢山あった。

作品全体の中での自分の役割を咀嚼して、自分の演技を作り上げていった事が見てとれた。

二つ目は、コースのメンバー全員で、自分たちのブンナの世界観を見事に表現していたことだ。

水上勉による原作を読んでみると、児童文学ながら、根底には仏教的なストーリーが流れている事が分かる。

舞台では、生き物の弱さや苦しみを描きながらも、それさえも受け入れて、肯定して生きていく強さが表現されていた。

きっと皆、今の自分のハートと共鳴する部分を見つけたんじゃないかと思う。

見ている者の心にも響いてくるものがあった。

残酷な話ではあるけれど、生徒達が演じるイメージはとても美しかった。

三つ目は、全員を引っ張っていき、舞台を仕上げるコースの先生方の力。

時々スタジオでの稽古を覗きに行っていたが、やはり演出の先生方の力量は大変なものだ。

生徒達と向き合いながら、全員で舞台を作り上げる所まで導いていく姿勢。

明快な演技指導をしつつも、生徒の役に対する理解や、生徒自身の身体や気持ちから出てくる表現を引き出していく姿勢は、本当に凄いものだと思う。

見に行けて、本当に良かった。

10代の頃の自分と比べてみても、生徒達の方が凄い高校生であることは間違いない。

今の一年生達が、卒業する頃にはどんな姿になっているんだろう。

生徒が作り出すものに驚き、一緒に楽しみながら、もっともっと成長に関わって行きたいなぁと思います。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)