言葉が実になる時間

先日、ある保護者の方と電話で話をしている中で、不思議な感覚がありました。

何が不思議だったかと言うと、必死になって話しをする中で、支援者が用いる用語とロジックを、自分自身の言葉のように口にしていることに気づいたからです。

意識的に福祉業界や教育現場で働く人たちから学び始めたのは、大学入学を機に関西へやって来た2005年になってからのこと。

現在、生徒・保護者との関わりの中で使っている言葉は、先輩支援者のもとで見聞きしたことや、本で知ったことの組み合わせに過ぎません。

学び吸収した言葉や知識が10年以上の時間を経て、今度は自分自身の思いと一緒に発せられることに、素直な驚きを感じます。

自分の言葉として使えるようになるまでの時間の長さにあきれるばかりですが、20代前半の行動の果実を確かに受け取ったと感じた瞬間でした。

こんなことを敢えて書いた背景には、この所ずっと、自分の能力の有限性にとらわれていた事情があります。

私は昔から、何かを覚えたり習得するのに、非常に時間が掛かる性分です。

日々の教育活動でも、今学んでいることについても、自分の不器用さに倦んでくることが多々有ります。

ただ、長いスパンで身につき自分の力として発揮されることもある。

焦りも有りますが、そういう気持ちを大切にやっていきたいと思います。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

生徒指導担当としての役割

昨日までの3日間、独立行政法人教職員支援機構が主催する「いじめの問題に関する指導者養成研修」に出席させて頂きました。

研修期間を通じて、生徒指導・生活指導を担う自分の役割が見えてきました。

シンプルに考えると、次の3つに集約されると思います。

  1. 生徒を守ること
  2. 教職員を守ること
  3. 学校を守ること

生徒を守り育むことに直結しない指導は、何の意味も有りません。

自分のすべきことでは無いと思います。

取り返しのつかない事態を未然に防ぎ、教員や組織を守ることも必要です。

一教員として、一つ一つ出来ることをやっていきたいと思います。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

新しいスタートの日

仕事をしている高校の入学式が有りました。

前日は、会場としてお借りしている大阪市の中央公会堂でリハーサル。

生徒の様子を見守りながら、

「入学式というこの日が、長い人生の大きな転換点になるかも知れないと感じてくれていたら良いな…。」

とぼんやり考えていました。

式当日は一人ひとりが壇上で自分の大志を語るのですが、皆とても良い顔をしていました。

私のクラスには、素直で真っ直ぐな子や知的な生徒、スケールの大きい人物が集まっている印象。

この日、この一年が大きな節目になるのは、僕自身も同じかも知れません。

今から、とてもワクワクしています。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

クラスのリーダー

新年度から、全日型コースの1年生の担任をさせて貰うことになりました。

クラスがスタートして3日目のホームルームは、クラス委員長・副委員長をはじめ、各リーダーを決める話し合い。

私からは生徒に伝えたのは3つだけ。

「やってみたい、クラスの為に頑張ってみたいと思っているなら、全員にリーダーになる権利が有る。」

「文化祭の企画や難しいことは先生も一緒に考えるので、経験の有無は問わない。」

「高校生なので、全員が仲良しになるかは分からないし、お互いに合う・合わないが有るのは当然。但し、クラスメイトに対して個人的な好き嫌いを言う人はリーダーに相応しく無いと思う。」

というものです。

立候補者はホワイトボードに名前を書きに来る形にしたのですが、一呼吸置いた後、次々と生徒が立ち上がり自然と決まっていきました。

顔ぶれを見ると、個性豊かなメンバーがバランス良く揃っている印象。

まだまだ皆、どうやって自分のカラーを出していこうか探り探りですが、素敵な雰囲気の集団になっていきそうな気がしています。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

秘めた能力の束と決断

教員として生徒と関わっていると、私などでは到底及びもしないような才能にしばしば出会います。

知的能力のこともあれば、身体能力、対人能力、ある分野への情熱など、状況は様々です。

何かしら優れた資質を持っていることは素直に誇って良いことだと思いますし、そのままどんどん進んでいって欲しい。

しかし、際立った能力の芽を持ちながらも、体調やメンタル面の要因から力を上手く発揮出来ず、高校生活での夢・目標との間で悶え苦しむ場面を目にすることが有ります。

15年前後の限られた人生の中で、それ程までに真剣に悩み抜く生徒に掛けられる言葉は僅かです。

勿論、一支援者としては、必要以上の失敗体験をさせたくないという思いは持っています。

それでも、例えば二者択一の中から両方を選び取る生徒が居たら、自分は止めることは出来ません。

先日した面談をしたある生徒は、元々持っていた入学時の希望には区切りをつけ、一つの選択をすることになりました。

どうやら、表現の世界では無く、教育やメンタルヘルスの分野を目指すようです。

今はまだ、劣等感のようなものに苛まれているかも知れません。

しかし、自分にとってより大切なテーマに気づいたり、自分の状況を理解しながら取捨選択をしていくことは、何ら恥じることでは無いと思います。

教員が出来る唯一のことは、生徒自身が悩み抜いて出した決断を尊重し、受け止めることです。

勇気を持ってした決断を、心から讃えたいと思います。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)