生活指導担当として作りたい環境

職場の高校における、生活指導担当としての役割を考えています。

自分の理解では、生徒が安心して学べる環境を作ること、様々な教育活動が機能し生徒が育つ為の風土やカルチャーを作ることだと思っています。

細かい施策を語る前に、そもそもどんな状態の学校を作りたいか。

組織としての数量的な目標は勿論有りますが、私が思い描く質的な理想は次のようなものです。


リビングスキル・ソーシャルスキル

  • (学校が全てでは無いが)毎日朝から登校できる体力と習慣を身につける。
  • 集団の中で過ごすことへの耐性を高める。
  • 学習だけでなく、自身の性格や行動、日常生活についても振り返ることが習慣となっている。
  • 対人的な小さな失敗や試行錯誤を通じて、人との適切な距離感を身につける。
  • 適切な相手に、適切な方法で助けを求められる。

価値観や他者への態度

  • 自分と違うキャラクターの人間を疎外・攻撃するので無く、それぞれの個性を受け入れられる。
  • 人と比較しての優劣では無く、挑戦すること、前向きに努力すること自体を尊いと思える。

マナーやパブリックスペースでの過ごし方

  • 好き嫌いや相手の社会的身分に関係なく、挨拶と丁寧な言葉遣いが出来る。
  • 来校者に対して気持ちの良い挨拶が出来る。
  • 自分の欲求だけでなく、「公共の福祉」と言う視点で考えられる。
  • パブリックスペースで床に座り込んだり、ものを食べながら歩くのは恥ずかしいことという認識を生徒が持っている。

自分と周囲の為に気づき行動する習慣作り

  • (掃除当番に関係なく)ゴミやキャンパスの汚れを、教職員と生徒が進んで綺麗にしている。

マインド

  • 義務教育とは異なる学ぶ時間を持つ意味、社会から投入されているお金の重みを多少なりとも実感している。
  • 保護者から一歩だけ自立する。

ミッション

  • 学び成長することが自分と他者の為になること、将来社会の役に立つことを実感している。
  • 自分が社会に何が提供できるかを少しだけ考えている。

風土

  • 朝の登校時に、教員と生徒、生徒同士が気持ちの良い挨拶を交し合うことが日常風景になっている。
  • クラスの大半の生徒が、始業前の教室で各々の学習課題に取り組んでいる。
  • 「どうせウチの学校は」と言う生徒はいない。(学校が最高の環境を目指し努力し続けており、かつ生徒が通信制高校に対して劣等感を持たない状態を作る。)
  • 生徒が卒業時にこの学校で良かったと思える。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

Advertisements

支援が動き始める瞬間

今週一週間の仕事をしていて、

「今、このタイミングで面談が出来て本当に良かった。」

「一本の電話が相手に繋がり、声を聞くことが出来て良かった。」

と思えることがいくつかあった。

少しずつだが、支援が機能し始めた手応えを感じる。

ただ、冷静になって振り返ると、予想通りに進んだことばかりでは無い。

自分も教育者・支援者の端くれでは有るので、生徒の日々の様子や発達上の課題、家族の状況等にも注意を向けながら、「見立て」のようなものを持って仕事をしている。

ある程度正確な見立てが有り、生徒や保護者の方から信頼して頂ける関係性や協力体制が築ければ、支援はどんどん進む。

状況が大きく変わることや、新たな問題が発生することもしばしばだが、土台さえしっかりしていれば新たな機会に繋げられる。

しかし、実際には自分の見立てなど全く役に立たず、途方に暮れることも多い。

苦しい気持ちを抑えられず、唸りながら職員室内を行ったり来たりしてしまう。

そんなケースでも、細い糸を絶やさないようにアプローチを続ける中で、予想をしていなかった変化の兆しに触れられることも有る。

もう一手、もう一歩、もう一回と、こればっかりはやり続けてみないと分からない。

くじけず、機を引き寄せたいと思います。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

最近感じていること

教員を生業にして4年目に入った。

ある種の悩みや課題を持った生徒との関りも方も、割りと熟れてきた。

今まで教わったことを元に、身をもって実践した成果だと思う。

10代後半の頃に触れたかった仕事が出来ているのは、素直に喜んで良い筈だ。

ただ、このところ息苦しさやしんどさを感じることが増えてきた。

登校頻度が少ないコースの生徒と関わる中で、明確な手が打てないまま長期欠席が続き、留年、時には退学に至ってしまうケースと直面している。

リスタート出来る環境である筈が、更なる失敗体験を作り出してしまっていることに、大きな矛盾を感じる。

支援者として僅かばかりの心得はあるつもりでいたが、「難しいな」と自分自身を納得させるくせがついてしまった。

今まで学校が作り上げてきたものを否定する訳では無いが、より大きな課題を持った生徒に対して、同じ方法論だけを繰り返していても上手くいかないことは明らかだ。

提供するサービスや教育上のプログラム、支援体制自体を見直さなければならない。

ここまで書いて気づいたこと。

つまるところ、僕自身、自分でも気づかないうちにいじけ、怠けていたのだと思う。

素人仕事でも構わない。

頭に鉢巻を巻いて、鉛筆で線を引っ張り、金槌やのこぎりを引っ張り出して、足りないものをどんどん作る。

それが出来ないなら、さっさと退場するか、看板を下ろさなきゃならない。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

起こったことへの対応

5月に地震、6月には大雨が降り、落ち着かない日々が続いている。

大阪府北部地震の日は、通勤中の電車が急停車し、緊急速報が鳴り響いた。

結局は、2時間半ほど車内で待った後、駅から離れた線路上で下車することになった。

JRの職員さんが地上へ渡した梯子を支える中、乗客の多くは無言で降りていたように思う。

砂利道を歩き、謝罪や注意喚起の声が響く中、線路脇の歩道に辿り着いた時は心からほっとした。

人命に関わる二次的なトラブルは絶対に許されず、可能な限り迅速に乗客を誘導する為に、どのような指揮系統と行動が求められるのか、自分には想像がつかない。

非日常の中で起こってしまったことに対応する姿に、職業人としての意識の有り様を目の当たりにして、あれこれと考えざるを得なかった。

学校教育の世界でも「危機管理」という言葉がある。

理屈を言えば、取り返しのつかないことが起こらないよう、日々目配り・気配りをし、策を講じることが肝要だ。

しかし、実際には「起こってしまったことへの対応」に多くの時間を費やしてる。

綺麗な答えが無い中、相手の納得と理解、次に繋がる道筋を見出さなければならない。

問題の大小は関係無い。

まだ上手くやる力は無いですが、サポーターとしての真価が問われる仕事。

腹を据えて取り組みたいと思います。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

鈍磨

職場の高校に、教員になって1・2年目の先生がやって来ました。

私にとっては後輩の仲間です。

生徒との時間に一喜一憂し、学校での様子を電話で保護者の方に伝えている姿を見ていると、色々と思うことが有ります。

新卒採用というのは、既に働いている人が自分の仕事を見つめ直す機会なのかも知れません。

嫉妬ではなく、時々眩しく感じます。

勿論、教員として数年仕事をした分は、自分の方がイレギュラーな出来事にも対応出来ますし、判断の精度も少しは高くなっているはずです。

生徒の困りに対する提案のカードも、数枚ですが多く持っていると思います。

でも、それだけのことです。

1年目の先生が真っ直ぐに生徒と関っている様子を目にすると、そしてそれに応える生徒の表情を見ていると、知識の有無なんて、あくまで副次的なものに過ぎないのだと感じます。

どうやら、自分でも知らない間に色んな部分の感度が鈍っていたようです。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)