どんな風に教員としての仕事を終えたいか

異動や転退職といった、組織上の変化が近づく時期。
インターンに訪れる大学生や、ベテランの先生を見ていると、「自分はどんな形でこの職を終えるのだろうか」という問いが浮かびました。

自分にとっての理想は三つ有ります。

一つは、退職する時に同僚から、「あの人が居るだけで、職員室が風通しの良い雰囲気になった気がする」と言われて辞めたい。
自分の存在が組織の健全な機能を支えたり、学校が生徒を育む場であり続けることに繋がっているとしたら、この上無い喜びだと思います。

もう一つは、たった一人で構わないから、誰かの人生に深く関わるような働きをして仕事を終えたい。
本当に助けを求めている生徒や、これまで・これからの生き方と真摯に向き合おうとしている生徒を助けられる存在になりたい。
そうでありながら、生徒自身は自分の力で成長したという手応えがあって、教員や学校のことなんて忘れてしまうような関係が望みです。

最後は、学校教育という枠組みを越えた働きをして職を終えたい。
最近亡くなった、中村哲さんのイメージのような生き方が浮かびます。
医師として目の前の人の生に向き合う中で、本質を掘り下げ、医業の枠を越えて川を作ってしまうような生き方に惹かれます。

小さな自分も嫌いでは無いですが、もしかしたら結構欲張りなのかも知れません。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

10代で向き合う問い

先日、勤務する高校の入学試験業務で中学3年生と話す機会が有った。

その際、保護者の方から

「子どもが学校に行けなかった時期を振り返ってみると、自分が今後どうなっていったら良いか分からなくて悩んでいるようだった」

という言葉があり、思わずはっとした。

なんて大きな問いだろうか。

私が関わる高校生の中にも、自分の生き方についての問いに、真っ直ぐに向き合っている生徒がいる。

個々の悩みは深くそれぞれ異なるので、十把一絡げに出来るようなアドバイスは無い。

ただ、その問いの答えは、「将来」という遠い対岸に転がっている訳では無いと思う。

これまで生きてきた中で吸収した物事や、心が動いた出来事、家族や他者との付き合い方、そういったものと地続きにあるはずだ。

進路選択の機会は、自分を形作る要素の一つ一つと向き合わなければならない、大きな節目の一つ。

苦しみもあるかも知れませんが、自分の可能性を信じて進んで欲しいと思います。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

役割

結婚後初めての冬休みということもあり、年末年始はゆったりと過ごしました。

新年の目標は立てましたが、日々の仕事から離れて頭に浮かぶのは、学校における自分の役割についてです。

勤務校のリーダーや管理職、学校内外の優れた同年代を目の当たりにすると、自分は今後キャリアを重ねて行っても、人を指揮しコントロールする意味でのリーダーには到底なれないだろうと思います。

認知特性や対人的な傾向など理由を挙げたらキリがありませんが、大勢をまとめる上で必要な資質の乏しさを感じる。

ただ、開き直ったり拗ねたりしている訳ではありません。

腰を据えて仕事をし、担当する生活指導や教科教育を通じて、生徒・教職員が育つ風土作りに貢献したい。

自分が属するキャンパスから、自法人の全国の拠点に影響を与えることも出来るはずだ。

そう考えると、今の現場と自分には可能性が満ちている。

2019年は公私共に土台を築く一年でした。今年は、その上でどんどん吸収・実践し、発信する年にしたいと思います。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

10年選手

私の周りには、教育の仕事をして10年以上経つ同僚が何人かいます。

そうした先輩と自分を見比べると、力の差は歴然です。

例えば、仕事の正確さや生徒に伝える力、言葉に込める重みといったもの。

一緒に生徒指導の場に入ったり、学年集会で生徒に語りかける場を目の当たりにしたりすると、特に差を感じます。

それだけではありません。

自分達が属する通信制高校業界の社会的意義への理解、将来を見通した上で今後組織全体の為に自分がどう行動すべきかについても、見えているものが違うように思います。

今仮に、教員として求められるスキルを10のジャンルに分けて競ったとしたら、10年選手の同僚には一つも勝てないだろうと思います。

教師を生業にすると決めてから5年が経とうとしていますが、唯一無二の存在からは程遠い自分に愕然とします。

指導の確からしさ、教員としての力量の差はどこから生まれるのか。

ごくシンプルに考えると、目の前の生徒や様々な出来事、授業の1コマ1コマに知恵を絞って全力を注ぎ、徹底し続けてきた結果が腕に宿っているのだと思います。

今の自分はまだ、冷や汗を搔きながら日々を過ごしている。

手放しで仕事が楽しいとも言えない。

ただ、教員として10年経った時、身につけた力量や知見を、誰かの為に自由に発揮出来る自分になっていたいとは思います。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

授業力研修の振り返り

8月上旬に、2日間にわたって授業力についての研修がありました。

3週間が過ぎた今だから冷静に振り返ることが出来ますが、歯痒く、心中穏やかでは無かったです。

苦い思いも含めてきちんと向き合えるよう、感じたことを3つ記しておきます。

一つ目は、1~2年目の先生方の力量の高さに心底驚いたこと。

私の受け持ちは、地歴公民科の授業。これまで、双方向型授業の重要性は理解しつつも、教科の性質上ある程度知識伝達型の授業スタイルになることは止むを得ないという思いを持っていました。

しかし、研修で見た自分より10歳近く若い先生の授業は、豊富な発問や言葉のキャッチボールで参加者を引き込む見事なもの。

何のことはない、私の表現力の弱さや思い込みが授業の幅を狭めていた訳です。

二つ目は、研修に至るの時間の使い方と仕上げる意識について。

いい加減な気持ちで研修に臨んだつもりはありませんが、日々の業務に溺れないよう水面に顔を出しているだけで精一杯になり、準備不足が否めないまま当日を迎えてしまいました。

他方、同僚は誰一人そんな言い訳はせず、限られた時間の中で自分の授業を仕上げて成果を出しています。(自分よりずっと多くのことをしているにも関わらず!)

定められた締め切りまでに自分の表現を磨き上げ、授業時間の中で表現し尽くす。そういった種類の集中力やタイムマネジメントの力の弱さを痛感します。

また、入職時より仕事上の大失敗は減ったものの、それに安心してしていた甘えの気持ちもあるように思います。

10年選手の先輩や同僚に頼んで自分の試みを見て貰い、集団の中で磨かれる機会をもっと求めて行かなければならないと感じました。

三つ目は、自分の不器用さを再認識したこと。

私は自身の特性上、ノリや自前の引き出しで「それっぽく伝える」ということが出来ません。逆に言うと、時間を掛けて授業の目的や前提知識を深め、伝える為の構造を身体レベルまで落とし込んだ上であれば、そこから生まれた余裕で初めて気持ちを乗せることが出来ます。

つまり、処理能力上、話の構造を意識することと感情を込めることの2つを両立することは困難です。我ながら非常に難儀ですが、自分自身と他者ををごまかすことが出来ない以上、愚直にやり続けるしかないように思います。

最後に余談を。

10代の終わりに表現の世界に憧れていた頃。自分なりに努力はしましたが、結局は自分自身を前面に押し出す強さはありませんでしたし、これだけは表現しなければ生きていけないというテーマは見出せませんでした。

教員として働く今、目の前には生徒がいます。取り扱うべきテーマのもとで、授業でどのように表現するかは私次第。それこそ、学校生活の中での様々な場面も含めると、伝えられることは無限です。

人に対して伝えられる幸福と責任を噛み締めながら、もっと楽しんで取り組めるようになりたいと思います。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)