6月からの登校が不安な高校生へ

新型コロナの影響も終息に向かい、多くの学校で登校再開の動きが見られるようになりました。

この2か月間、勤務校でもオンライン授業を主体にしながら、限定的な形での登校機会が設定されて来ました。

しかし、全国にはこうした機会さえ無かったり、登校日に欠席が続いてしまい、これから学校に通えるか不安に苛まれている高校生もいると思います。

実際、過去の長期欠席経験が背景にあり、中々リズムが作れない生徒も見られます。

広義の支援者として10代の高校生と話が出来るとしたら、少なくとも次の3つを伝えたいです。

(ここでは新型コロナウィルスに伴う問題はひとまず脇に置き、一般的な登校不安について書いています。)

①何よりもまず心身の健康が最優先

中学時代に不登校を経験し、今なお登校出来ない生徒の中には、自分の力だけでは解決が困難な病気や障害が生きづらさの一因になっているケースがあります。

適切な医療機関に繋がり、様々な努力を重ねる中で状態が改善し、無事高校を卒業していく生徒に出会って来ました。

その入り口は、身近な内科かも知れませんし、場合によっては思春期外来や睡眠外来、メンタルクリニック等かもしれません。

余りにも登校への負担が大きい場合は、どうにもならない苦しみが大きくなる前に、外部の支援機関に繋がってみることを心に留めておいて下さい。

②環境調整の為に出来ることから取り組む

何らかの「動きづらさ」「学ぶ上での困難」があったとしても、出来ることからストレスを減らしたり、良い習慣作りや環境調整を進めている生徒が居ます。

それは、家庭内で出来る食事や睡眠・運動・余暇に関する工夫や、生徒-保護者間のコミュニケーションの取り方かも知れませんし、学校や教員が出来る些細な声掛け、配慮かもしれません。

少しでも動きやすく(過ごしやすく)なる為に、まずはどんな方策から取り組めそうか生徒に投げ掛けてみたいですし、教員として出来ることがあれば是非教えて欲しいです。

③高校は学びの場の一つに過ぎない

自校の生徒には、日常的に「(学校で)待ってるよ」「また明日」という言葉掛けをしています。

良くも悪くも、教員として“学校はくるべきもの”という前提で関わってしまっている自分が居ます。

ただ、今属している学校や学び方が唯一の方法では無いということは伝えておきたいです。

例えば、自分の将来の生き方や設計図が既に出来上がっていて、その為の力や資源を持っている、若しくは必要な資源にアクセスする術を知っている人は、無理して高校に通う必要は有りません。

苦痛しか無い高校生活や、3年間で何の成長も見出せない場合も止めておいた方が良いかも知れません。

学校以外にも一人前の大人になる道筋は無数に有ります。

とは言え、高校教諭をしている以上、同年代と一緒に先人が築いた知に触れながら成長する場として、学校はそれ程捨てたものでは無いとも思っています。

心の底に少しでも登校してみようかなという思いを持っているのであれば、全国の教員を代表して「待ってるよ」と伝えたいです。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

緊急事態宣言下の高校で変わったこと・変わらないこと

4月7日に緊急事態宣言が発令されて以来、勤務する高校でも休校が余儀なくされ、生徒は依然一日も登校出来ていない状況が続いている。

この2週間は、教員も交互に在宅勤務を交えながら、朝9:00に始まるオンラインのショートホームルームや、主に午前中3時間の枠に組まれたZoomでの授業の対応に追われていた。

3月の末には、教員にとってのルーティンの意味についての記事を書いたばかりだったが、あっという間に仕事の形が変わってしまったように思う。

今年は1年生のクラスを受け持たせて頂いたこともあり、毎朝PCの画面を通じて30人の生徒に声を掛け、様々な不備に対する問い合わせに応え、合間にはオンライン上で保護者を交えた三者面談を行った。

初めてのことばかりだが、面談で生徒や保護者の方に伝えることは余り変わらない。

まずは、この2週間きちんと朝起きて、SHRの為にネットにアクセスし、生徒自身が良い習慣の土台作りを続けていることを褒めている。その上で、今感じている不安を解消する為のコミュニケーションを重ねる。場合によっては、直近の小さな目標を一緒に立てる。

まずは生徒に聞き、その上で保護者の方に質問する。専門の心理職・福祉職の人には及ばないが、保護者が話している時の子どもの表情や仕草から、画面越しとはいえ様々な情報を受け取ることが出来る。

幸い、多くの方から、

「入学前は、なかなか朝起きられないことが続いていたが、オンライン上で朝のSHRや授業があることで、本人も頑張って起きられている」

「まだ実際に登校できないことには残念な気持ちもあるが、(少ない負荷の中から取り組むことが出来て)結果的に良かったと思う」

と言うようなお声を頂いた。

勿論、中にはネット環境が未整備で電話でのフォローが欠かせないご家庭もあれば、中々思うように動き始めることが出来ない生徒も居る。授業全体の数や、自分の受け持つオンライン授業の質にもまだまだ改善の余地は多い。

しかし、不登校経験や様々な悩みを持つ生徒が居る私達の高校において、不完全とは言え家庭にリーチし、学習を支援する取り組みがスタート出来たことは本当に良かったと思う。

全員には充分届いていない苦しさと、形は変われど30人の生徒に関与出来る喜びを噛み締めている。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

教員は、出勤日を分け各フロアに分散して仕事をしています。Zoomを使用する際は一人で教室へ。

「当たり前」を続けることの力

先日、仕事の合間の雑談で、この1年間の各クラスの清掃状況や指導の徹底についての話題が挙がった。

とても悩ましい問題だ。

話の帰結は忘れてしまったが、私より幾つか年長で、15年近いキャリアを持つ先生が次のように言っていた。

「自分は、大学を卒業して教員になった1年目の頃から、朝生徒が登校する前に教室を見回ることを教わった。朝、机を整えてから生徒を迎えるし、乱れた状態では生徒を迎えない。」

こんな意味の言葉だったと思う。

当然と言うべきか、生徒が一番掃除の習慣を身に着けているのはこの先生のクラスであり、教室も常に整っている。

あらゆる仕事、言動、立ち居振る舞いの一つ一つに練度を感じる先輩だが、こうした「当たり前」を着実に身につけ、その量を増やしてきたことが今の実力を形作っているのだと思う。

つまるところ、生活指導のあらゆる場面で、口で言うこと以上に教員自身が問われているようだ。

勿論、私自身にも意識して実行している「当たり前」はいくつかある。

ただ、もっともっと見て学んで、他者の良い行動も自分のものにしていきたいと思います。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

生徒を守る~危機管理の道標となる本~

新年度準備に取り組む中、知りたいことがあってこの本をamazonから取り寄せた。

受け取ったその日に、昼食時間に職員室でページに目を走らせた。

求めていたことが詰まっていた。

簡潔な文章からも、池田小学校の教職員の方々が、どんな思いで今日の体制を作って来たかが垣間見える。

この本の取り組みレベルと比べると、我々の学校は、組織として生徒の安全を守る為の努力はまったく不十分であると認めなければならない。

今のままでは、予期しない災害や不審者による悲惨な出来事、思春期の生徒が直面する様々な危機から守ることなど到底出来ない。

重苦しい気持ちだが、この2~3年の自分の仕事の道標になる本と出会えた。

誰かが旗を振らなければならない。一人の教員として責任を引き受け、生徒の命を守れる学校を作ろうと思う。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

大阪教育大学附属池田小学校 (著)『学校における安全教育・危機管理ガイド』(東洋館出版社)

体罰についての基本的な考え方

もうすぐ、勤務する高校でも新任の先生を迎える。

この機に生徒の安全に関わることを言語化し、仲間と共有したい。

自分自身の頭の整理の為に、まずは体罰について書き記しておく。


①体罰は過去の問題では無い

体罰の正確な定義は難しいが、一般に、身体に対する侵害や肉体的苦痛を与える懲戒などを指す。

体罰と聞くと、校内暴力や荒れが目立った時代をイメージするかも知れない。

しかし、文部科学省による平成29年度における調査の結果を見ても、依然全国の小中高で773件の体罰が発生している。

関西で生活する者としては、2012年に大阪の市立高校で起こった男子生徒の自死事件も記憶に新しい。

このような事件や学校事故は、残念ながら後を絶たない。

学校という枠にとどまらず、この10年程の間に報じられた家庭内暴力や介護施設での虐待事件にも思いを馳せると、対岸で起こった行き過ぎた指導・異常な行動として捉えるのでは無く、閉鎖的な環境の中では誰でも加害者になり得るし、組織として意識的な予防行為が不可欠と考えるべきである。

②教員は基本的に身体接触はしない

校種や担当教科・生徒のニーズによって差異はあるかも知れないが、こと高校教諭として仕事をする上で、基本的に身体接触はしないというスタンスが望ましい。

文部科学省HPでも「懲戒・体罰等に関する参考事例」を載せているが、例外は生徒や自己を緊急的な危険から守る時である。

それ以外の場面では、接触は不要と言って良い。

ただ、自分も生徒を励ましたり、寝ている生徒を起こす時に肩をポンポンと叩くことはある。

これらの軽い接触も、ある種の過敏さを持っている生徒には「暴力」となり得るし、冗談めかして行った行為が周囲の生徒を傷つけ、強く不安にさせることもあり得る。

そう考えると、体罰を防ぎ生徒が安心して学べる環境を作る為には、言葉で伝える力を信じ、「身体接触はしない」という原則を守ることが最善だと思う。

③自己の判断のみで懲戒を行わない

文部科学省HPには、学校教育法施行規則に定める退学・停学・訓告以外で認められると考えられるものの例として、以下のようなものを挙げている。

放課後等に教室に残留させる。

授業中、教室内に起立させる。

学習課題や清掃活動を課す。

学校当番を多く割り当てる。

立ち歩きの多い児童生徒を叱って席につかせる。

練習に遅刻した生徒を試合に出さずに見学させる。

体罰の禁止及び児童生徒理解に基づく指導の徹底について(通知)文部科学省

個人的には、いずれも緊急性の高いものでは無いし、指導という名の下で慌てて力を振りかざす必要は無いと感じる。

教員自身も落ち着いている状態で、上長や同僚にきちんと相談をして意思決定をすれば良い。

その方が生徒にとっても良いし、自分自身と学校をリスクから守ることに繋がる。


最後に、新しく教育の世界で働く仲間に伝えたいこと。

一つ目は、他の業界に学ぶこと。

小学校や支援学校といった他の校種、介護や福祉の世界、秩序や規範・迅速な行動が求められる他の組織では、どのように人を動かしているかに興味を持って見ると、ヒントになることが沢山ある。

自分達が普段属している世界の“当たり前”で判断するのでは無く、世の中の常識的な感覚や視点から自分を見る努力が必要だと思う。(なかなか難しいけど…。)

二つ目は、生徒を良く見ること。

職場の先輩に教わったことだが、学校に届くクレームの多くは、先生が冷たいと言う不満や、生徒の悩みや問題に対する初動に起因するものだそうだ。

自分も、生徒や保護者の期待に応えられているかというと非常に心許無いが、目配りや声掛けは意識的にしなければならない。

三つ目は、抱え込まないこと。

一生懸命学び実践した上で、自分の思惑通りに動かない生徒居たとしても恥ずかしいことでは無いと思う。

思い通り動かすことに必要以上に捉われたり、上手くいかないことを他の教員が非難しかしないような組織であれば、実はそのことの方がずっと危険な状態といえる。

きちんと頼れる人を見つけて、助けて貰った方が良い。

新年度のスタート。一緒に頑張りましょう。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)