進学校へのコンプレックス

通信制高校で仕事をしていると、所謂全日制普通科の進学校と自校を比べて、ある種の劣等感を感じている生徒に出会うことがある。

生徒自身の思いなのか、保護者の価値観か、社会のレッテルによるものかは分からない。おそらくその全てが影響しているのだろう。

教員としては悲しい限りだし、少しでも自校の価値や魅力を高めたいとは思うが、今日はそれについては書かない。

伝えたいのは、その両者の違いについて。

私は高校生の頃、地元の中くらいの公立進学校に通っていた。確か、良く出来る子は地方の国公立大学や難関私大を目指し、それ以外の生徒は中堅の私大に進んだように思う。

(言う必要な無いと思いますが、その中でも私は良く出来ない部類だった。)

もっと凄い進学校のことは分からないが、自分の母校を考えてみると、勤務校である通信制高校と比べて授業が2倍も3倍も凄いということは無かったように感じる。

一つ違うことを挙げるとすると、「努力して勉強をするのは当たり前」という空気があったことだろうか。

その中で、「当たり前」に勉強をし続けた賢い同級生は、私では到底受からないような大学や職業に進んでいった。

教員としての責任を放棄する訳では無いが、「通信制高校だから」と言うことを進路実現が出来ない理由にしているのであれば、一日でも早く思考を切り替えた方が良いと思う。

教育用のアプリや様々なサービスが充実している昨今、時間の自由度が高い学校に属してるあなたに、環境的に後れをとっていることは殆ど無いはずだ。

適切な習慣さえつけられれば、学校の内外で学び、どんどん成長出来る。

どう思うかは、あなた次第。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

始業式に並ぶ顔

午前と午後の2回に分けて、勤務校の始業式があった。

教室に何十人と集まった生徒の顔を眺めていると、生まれ育った場所も違う沢山の10代が、こうして目の前に集まっていることに不思議な感じがした。

普通だったら、お互いに出会うことも無い人たちだ。

当然、生徒は私になど何の関心も持ってはいないが、教員という役割を通じて、日々何かを投げ掛けることが出来る。

そういう意味では、学校ってやっぱり凄い発明だと思う。

そんな思いが頭に浮かんだ。

教員生活7年目も残すところ2か月と少し。

自分の中に、まだまだこの仕事を新鮮に感じたり、驚いたりする真っ新な気持ちがあるようだ。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

35歳の自分のミッション

2019年は結婚をした。2020年は世界が新型コロナウィルスに見舞われた。

2021年は、家族が増えるかもしれない。幸せな反面、仕事に対する焦りも感じる。

一見人生の制約が増えたようだが、向かうべき先を見失わず、目の前のチャンスさえ逃さなければ、出来ることは山ほどある。

この10年・20年を実りあるものに出来るよう、今の自分のミッションを載せておきます。


mission

①10代の高校生に人生を見通す眼と切り拓く力を身につけさせる(エンパワーメント)

②人を育てる学校組織と環境をつくる(マネジメント)

③教育業界での取り組みの事例化・研究の発信による提言(リサーチ)

④この世の生や美を享受し感じたことを形にする(表現)

⑤目の前の人のライフイベントごとの苦しみと向き合える人になる(生老病死)

vision

30代終盤:担当授業・キャリア教育・生徒指導の実践の事例化と、アカデミックな土台作りを行う。

40代中盤:「所属法人の人材開発業務」「教員養成系大学の一授業」「高大を見通したキャリア教育授業」のいずれかが出来るレベルになっている。

50代:「小規模校の経営」「人材育成業務の本格化」「地域や組織への支援・提言」のいずれかに取り組む。

value

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

ふわふわとした感覚

小中学生は知らないが、高校生は「教員」であるというだけで教師を有難がったりはしない。

「この人は、どうやら物が分かる人間のようだ」

「この人とだったら、一緒に学んでみるのも悪くないな」

そんな風に思って貰って初めて、先生として認められるように思う。

そうした年代だからこそ、中等教育という仕事が気に入っている。

4月から新しい拠点での勤務となり、白板の前で最初の一週間の授業を何とかこなした。

私は決してセルフモニタリングが得意な人間では無いが、生徒が自分を見る目や教室の空気感から想像すると、まだ自分が評価の定まらない存在であると感じる。

個々にも、集団に対しても信頼関係と呼べるようなものが出来ていない、ふわふわとした関係だ。

これまでいたキャンパスでは、自分のキャラクターや言動、授業のスタイル等がある程度認知されていて、生徒の方もそういう先生として扱ってくれるある種の気楽さがあった。

しかし、新しい職場ではそうしたイメージ、関係づくりはゼロからスタートする。

少しだけ落ち着かない。

しかし、色んな可能性がある。

もっともっと変われるのではないかという期待を感じています。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

異動の前後に考えたこと

この春から、教員生活も7年目。

実は、勤務する通信制高校内で異動となり、新たに兵庫県内で働いている。

3月上旬に異動の話を聞いた際は正直驚いた。

受け持っていた1年生を続けて見れないことは寂しく思ったし、通勤時間が長くなることも残念だった。

ただ、それ以外の全てについては、自分にとってチャンスになるだろうと感じた。

勿論、具体的な懸念事項もあった。

一つ目は、周囲のサポートについて。6年間勤務した大阪梅田では、旧知の同僚からあらゆる面で助けて貰っていた。(つまりは、沢山甘えていた訳だ。)そうした人的な資源から切り離されて、一人前の仕事が出来るだろうかという不安があった。

二つ目は、新たな役割について。平教員とはいえ、教科教育や校務分掌上で求められる役割が複数ある。その中には、生徒指導に関するものや、今まで教えたことがない科目もあり、果たして期待に応えられるだろうかという思いがあった。

しかし、そんな心細さも一週間ほどで殆ど吹き飛んだ。

これまでより複数業務を処理しなければならなくなったのは事実だが、電話一本・Slackのダイレクトメッセージ一本で、勤務地を越えて多くの先生が適切なアドバイスをくれる。本当に心強く思う。

果たすべき役割については、一つ一つ考え、準備し、取り組んでいる最中だ。この数日で悟ったことだが、自分は組織の中で「歩」に過ぎない。力を高めたい、出来ることを増やしたいという思いもあるが、自分がとるべきアクションは泥臭く前に進むだけだ。難しいことが求められている訳ではない。そう再認識したことで、大分肩の力を抜くことが出来た。

前の拠点にも新しいキャンパスにも、頼れる腕利きの職員が沢山いる。

それが何よりも自分の励みになっています。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)