横の繋がり

昨年末の12月に、クラスの生徒が企画した「2016年お疲れ様会」で、焼肉の食べ放題に行ってきた。

一応の趣旨は、文化祭の売り上げを使って、入学以来頑張ってきたお互いを労いあうと言うもの。

同月に行われた合唱コンクールの打ち上げも兼ねていた。

強制力の無い日曜日のイベントながら、8割近くの生徒が集まってワイワイ過ごす事が出来た。

今回教員として嬉しかったのは、クラスの生徒の横の繋がりがよく見えたこと。

出来るだけ多くの生徒が集まれるように、お店の選定やスケジュールについて何度も話し合いがされた。

皆で食事を囲むことが苦手な生徒がいると聞けば、どんな座席配置にしたら安心か相談したりもした。

また、参加するか迷っている生徒については、僕が声を掛ける以外にも、

「クラスの誰が誘ったら、○○○君は来るやろ。」

というように、普段の雑談の中で自然に話題にのぼる空気が出来ていた。

旗振り役のリーダーを中心に、一人一人の生徒がお互いに一寸ずつ気遣いが出来たからこそ、楽しい時間を共有出来たのだと思う。

後日保護者の方と話をすると、

「ウチの子は、クラスメイトとこういう風に集まったのは初めてで…。」

という声もあった。

この一年を振り返って、 とても良かったなぁと思う。

余談だが、僕個人の価値観を言うと、大勢と過ごす時間より一人でいる方が好き、という考え方も嫌いじゃ無い。

ただ、皆とも過ごせた方が色んな集団の中で生き易くなるし、もしかしたら人間としての幅も広がるかも知れない。

押し売りはしたく無いけれど、少しずつそういった時間にも慣れていって貰えればと思います。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

叱ること

教員として、生徒を叱ることが下手な方だと思う。

自分が受け持っているクラスはとても朗らかなので、今のところ、大声で怒鳴る必要は余り無い。

「いけないことはいけない。」と言うことは、案外言っている。

ただ、必要に応じてピリッとした空気を作る事が、まだまだ苦手だ。

生徒のサポートはある程度は出来ても、強く引っ張り上げる力が乏しい。

自分の気質的な理由もある。

しかし本質は、僕自身が自分を厳しく律する姿勢に欠けている所にあるように思う。

叱ることを一つの表現と捉えるならば、自分が今まで出会った中でモデルにしたいと思ったリーダーは、次の点を満たしていた。

  1. まずは、リーダー自身がとことん自分自身に厳しい。
  2. どんな人に対しても優しい、親切。相手と同じ目線で話せる。
  3. ルールや約束に対しては、とても厳しい。無茶苦茶厳しい!
  4. 叱った後は、一切グチグチ言わない。
  5. それでいて、相手の美点や長所はきちんと認めてくれる。

自分の場合、土台となる1のグラつきが、指導の弱さを生んでいるように思う。

担任をしていると、しっかりリードする役割や、相手を引き上げる力、良い緊張感を作る事も必要となる。

クラスの生徒に素敵な2年生になって貰えるよう、自分と周りの空気をちょっとずつ変えて行きたいと思います。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

心の鍵~金馬宗昭先生を偲ぶ~

学生の頃。

通信制高校における支援について身をもって教えて下さったのは、当時ECC学園高等学校に勤めておられた金馬宗昭先生だった。

金馬先生とは、2005年に門を叩いたNPO法人ノンラベルで知り合い、後に非常勤講師として高校に通わせて頂いた。

 

暖かくて、まるで金馬先生のお人柄が形になったような学校だと思った。

金馬先生が生徒と雑談する表情には、いつも相手への関心と愛情が溢れていた。

毎朝早くに出勤され、前日に生徒が学んだ机を雑巾で拭いておられた事をよく覚えている。

静かな朝の教室に漂う空気から、何事かを感じ取っているようでもあった。

 

先生がECCで働くまでの経緯は、後に出版された著書を読むまで知らなかった。

  • 金馬宗昭『不登校、ひきこもり-こころの解説書―僕がひきこもりだったときに言えなかったこと』(学びリンク)

この本の中に、「学ぶこと、そして心の扉の鍵を持つこと」という一節が有る。

確か、次のような内容だったと思う。

学校で生徒の悩みや苦しみと向き合う中で、誰かがその心の扉を開けなければならない場面がやってくる。

その時、教員がその子に合った心の鍵を持っていなければならない。

 

僕自身は、新卒で教員になる道を選ばず、会社勤めをしている時にこの本と出会った。

自分なりの目標や、まずは自分自身を鍛えたいという決断があってその進路を選んだつもりだ。

ただ、根底には

「自分は、そんな心の扉の鍵なんか持って居ないんじゃないか。」

という不安があった。

自分にその資格が有るのか怖かったのだと思う。

 

心から求める事と改めて向き合った結果、少し遠回りして教員になった。

生徒を理解することは、なかなか難しい。

でも、上着やズボンのポケットを探して見れば、僕も2~3本ぐらいだったら鍵を持っているんじゃないかな、という気が最近はしている。

今の僕が多少なりとも教員らしい事が出来ているとしたら、それは金馬先生のお陰だと思う。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

教えあう

先週の月曜日に後期試験の範囲が発表され、キャンパスは試験期間に入っています。

この時期、放課後の教室を覗くと、自習をしている生徒が結構な人数居る。

皆、英語のプリントや数学の問題集を開いて、カリカリとやっている。

それだけじゃなくて、理解が難しいポイントを、お互いに教えあっている場面もしばしば目にする。

なかなか良い雰囲気だなあと思う。

その顔ぶれは多様だ。

元々勉強が好きで得意な人も居れば、成績上の必要性(!)から危機感を持って勉強をしている生徒も居る。

何やら一念発起して学んでいる顔もある。

普段は余り勉強しないけれど、何となくつられて勉強している生徒も居る。

この「ついつられて」という雰囲気が好きだ。

生徒同士の横の繋がりがあってこそ生まれる空気。

こういう光景を見ると、色んな生徒が一所に集まって学ぶのは、やっぱり値打ちがあることなんだなあと改めて思います。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

今日思ったこと

この土曜日は、職場の高校の学校説明会だった。

中学3年生や保護者の方をお迎えしながらも、頭の中では色んな考えが浮かんできた。

一昨日は行事を終え楽しい余韻に浸っていたが、今日は一日中もやもやとした思いが晴れなかった。

一言で言うと、今の自分にはギアチェンジが必要なのだと思う。

僕自身は、教員になって二年目の人間に過ぎない。

目先の仕事をするだけで汲々としている。

(例えば、日本史や世界史、現代社会の授業をするだけでも一苦労だし、そこに明快なメッセージを込めるとなると、大変な力量が要る。)

ただ、生徒たちを取り巻く社会の状況や、提供しなければいけないもの、自分の持ち時間を考えると、まずは目の前の仕事をと言っているだけでは遅すぎるし、いつまで経っても時間は出来ない。

そうしている間にも、色んなものがどんどんこぼれていってしまう。

自分が3年先、5年先に出来るようになっていたい事も、不完全でも良いからどんどん手をつけていかなければいけない。

確かな力をつける為の準備も要る。

もっともっと欲張って、望む仕事が出来るようなキャリアを自ら作っていこうと思います。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)