言葉が実になる時間

先日、ある保護者の方と電話で話をしている中で、不思議な感覚がありました。

何が不思議だったかと言うと、必死になって話しをする中で、支援者が用いる用語とロジックを、自分自身の言葉のように口にしていることに気づいたからです。

意識的に福祉業界や教育現場で働く人たちから学び始めたのは、大学入学を機に関西へやって来た2005年になってからのこと。

現在、生徒・保護者との関わりの中で使っている言葉は、先輩支援者のもとで見聞きしたことや、本で知ったことの組み合わせに過ぎません。

学び吸収した言葉や知識が10年以上の時間を経て、今度は自分自身の思いと一緒に発せられることに、素直な驚きを感じます。

自分の言葉として使えるようになるまでの時間の長さにあきれるばかりですが、20代前半の行動の果実を確かに受け取ったと感じた瞬間でした。

こんなことを敢えて書いた背景には、この所ずっと、自分の能力の有限性にとらわれていた事情があります。

私は昔から、何かを覚えたり習得するのに、非常に時間が掛かる性分です。

日々の教育活動でも、今学んでいることについても、自分の不器用さに倦んでくることが多々有ります。

ただ、長いスパンで身につき自分の力として発揮されることもある。

焦りも有りますが、そういう気持ちを大切にやっていきたいと思います。

水溪 悠樹(ミズタニ ユウキ)

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